沼津を含めた駿東郡地域の茶業の歴史は古く、源頼朝に茶を献上したという伝承があるほどです。沼津での本格的なお茶の生産は、1861年(文久元年)、坂三郎が愛鷹山麓に茶園を開いたことにより始められました。その後、沼津のお茶の歴史を語る上で忘れてはならない江原素六氏が愛鷹山官有地の払い下げに尽力した結果、茶畑などの開墾が進められ、現在の沼津のお茶産業の発展につながって。いるのです。昭和58年と平成8年には、「皇室献上茶」の栄巻を賜り、また、各品評会で好成績を収めるなど、沼津茶の評価は高まっています。

特産物になった理由

江原素六と「お茶」

教育者、政治家、宗教家。沼津兵学校の管理、経営を担当していましたが、明治維新後の廃藩置県により、兵学校は廃校になりました。
政府への出仕の誘いもありましたが、廃藩置県で職を失った人々を案じ沼津にとどまり、牧畜と茶業に取り組みました。
後に牧畜は廃業となりましたが、茶業は続けられました。素六の最大の功績は、愛鷹山官有地の払い下げ運動の成功です。
愛鷹山は地元農民が大切にしてきた入会地でしたが、官有地に編入されたり、ご料地とされたり、利用が不自由になりました。
素六は、陳情活動などを行うと共に、地元民から強く推されて初めての衆議院選挙に立候補、みごと当選しました。
そして、長年の運動の結果、総面積4,200町歩が払い下げられたのです。
関係市町村は、共有地として茶畑などへの開墾に取り組みました。現在も、その功績は称えられ、毎年3月下旬に江原素六の銅像に新茶を献する献茶式が開かれます。

「お茶」の種類

摘んだお茶の葉を蒸して、葉の成分がそれ以上変化しないようにするのが日本茶です。これを行わずに、発酵、委潟させたのが烏龍茶や紅茶になります。日本茶は、お茶の葉を蒸す時間によって、煎茶、深蒸茶となります。

日本茶を代表するのが、煎茶。茶葉は細長く、水色はうすい黄色。お茶の甘み、渋みのバランスがよい。香りが高い。

お茶の葉を通常の倍以上蒸し、茶葉は細かく、水色は鮮やかな緑色。甘みとコクのあるまろやかな味。味が速く出る。

蒸し製の玉緑茶。葉を深く蒸し、工程の違いで葉がよじれている。

煎茶や番茶、茎茶を炒って(焙煎)したもので、香ばしさが特長。 苦みや渋みはほとんどない。

「お茶」の淹れ方・保管の仕方

「あじの干物」の生産量 日本一!

「お茶」レシピ